東京高等裁判所 昭和38年(う)2952号 判決 1964年4月27日
主文
本件控訴を棄却する。
理由
弁護人の控訴趣意第一点は、本件公訴事実中には訴因が特定していない部分があるから、本件公訴は不適法として棄却さるべきである、即ち被告人は、本件起訴状記載の各日時に、古谷寿に対してはわいせつフイルム三巻を、渡辺靖雄に対しては合計五巻を、中原忠彦に対しては二巻を販売し、各フイルムには夫々題名があり内容も異なのるに本件起訴状には古谷寿に対しては一巻、渡辺靖雄に対しては二巻、中原忠彦に対しては一巻を各販売したとのみ記載していて、その題名を表示していないから、右起訴状では右古谷等に対し、何れの、如何なる題名、内容のわいせつフイルムを販売した事実を起訴したものか明らかでない、結局本件起訴状の右各訴因は特定を欠き刑事訴訟法第二五六条第三項に違反し、本件公訴は同法第三三八条第四号に則り棄却されるべきものである、と云い、同第二点は、原判決は前記起訴状記載事実をそのまま犯罪事実として認定し原判決別表1記載の日時場所で古谷寿にわいせつフイルム一巻を、別表2記載の日時場所で渡辺靖雄に一巻を、別表12記載の日時場所で中原忠彦に一巻を、別表3、4及び10記載の各日時場所で三回に亘り浅野勝也に、三巻、一巻及び一巻合計五巻を夫々販売したと判示しているが、原判決挙示の証拠によれば右古谷等に対しては右判示の巻数の外に更にそれぞれ一巻及至数巻の題名、内容の異るフイルムを併せて販売していることが明らかであるから、原判決別表1、、2、3、4及び10の判示は、被告人が数本のフイルムのうち何れの如何なる題名、内容のフイルムを販売した事実を罪となるべき事実として認定したものか全く不明であり、又援用の証拠によつてもこれを特定することができないから、原判決は審理不尽の違法を犯したものであるというのである。
よつて按ずるに、被告人が特定の日時場所で、一人の特定人に一回に各内容の異るわいせつフイルム数本を販売した場合に、検察官は、その数本全部の販売事実を起訴することも又一回に販売した数本のうちの一本乃至数本の販売事実を起訴することも、その自由裁量に任かされたところである。そして後の場合にはできるだけ、起訴状において、その数本のうち何れの一本乃至数本を販売した事実を起訴したものであるかを明示特定することは、望ましいことではあるが、これを明示、特定しなかつたからといつて、直に起訴状の訴因が不特定で違法であるということはできない。何となれば被告人のわいせつ図画販売の事実は、その行われた日時場所及び売渡された相手が特定されて居るのであつて、被告人がその日時場所でその相手方にわいせつ図画を販売した事実そのものは特定されているからである。そしてこの事は、右の如き起訴状に基き判決する場合に、罪となるべき事実を判示するに当つても同様であつて、一回に数本のわいせつフイルムを一人の特定人に販売した場合に、その特定の日時場所においてその特定人にわいせつフイルム一本を販売した旨判示し、その一本が数本のうち何れの一本を特定しなかつたからといつて、直にその原判決は被告人の犯罪事実を確定していないものとして審理不尽の違法があるということはできない。そして原判決挙示の証拠(<省略>)中押収にかかるフイルムを除くその余の証拠によつても、被告人は原判決別表1判示の日時場所において古谷寿に対し、男女性交等の場面を露骨詳細に撮影した八ミリ映画フイルム「旅の宿」と題するもの一巻及び「入刺」と題するもの一巻合計二巻を、渡辺靖雄に対し同表2判示の日時場所において右同様のわいせつフイルム合計四巻をそれぞれ各判示の価格で販売し、中原忠彦に対し同表12判示の日時場所で「高校二年生」と題するわいせつフイルム一巻を判示価格で販売し、同時に被告人所有の「夜這」と題するわいせつフイルム一巻を右中原忠彦所有のわいせつ録音テープ二巻と交換し、浅野勝也に対し同表3判示の日時場所において前同様のフイルム合計三巻を、同表4判示の日時場所で右同様のフイルム五巻を、同表10判示の日時場所で右同様のフイルム二巻をそれぞれ販売した事実が認められる。従つて原判決別表1、2、4、10、12の各事実については、証拠上は被告人がわいせつフイルム二巻乃至五巻を販売したものと認められるに拘らず、本件起訴状は訴因として各一本を販売したものとして表示し、原判決も各一本を販売したものと認定していることは所論のとおりであるが、被告人が右別表1、2、4、10、12判示の日時に、同判示の古谷寿外四名の者に男女性交の場面を露骨詳細に撮影したわいせつフイルムをそれぞれ販売したとのわいせつ図画販売の事実自体は特定されていることは前に説示したとおりであつて、原判決も右特定のわいせつ図画の販売を被告人の罪となるべき事実として判示しているのであるから本件起状の訴因が不特定であるとの所論、及び原判決は罪となるべき事実を確定せず審理不尽の違法があるとの所論はともに採用できない。<その余の判決理由は省略する>(裁判長判事岩田誠 判事飯守重任 赤塔政夫)
〔参照〕 原判決の認定した犯罪事実
被告人は別表記載のとおり昭和三八年二月一〇日より同年五月下旬までの間前後一四回にわたり東京都内において古谷寿外八名に対し男女性交等の場面を露骨詳細に撮影して八ミリ映画フイルム合計二二巻を代金合計一〇九、〇〇〇円にて売渡したものである。
(証拠) <省略>
(罰条)
刑法第一七五条罰金等臨時措置法第二条第三条(包括一罪として所定刑中懲役刑を選択する)、刑法第二一条、刑事訴訟法第一八一条第一項但書。
一、公判出席検察官 松 藤 滋
(昭和三八年一一月一三日 東京地方裁判所第二二刑事部)
起訴状記載の公訴事実
被告人は、
第一、昭和三十八年二月十日頃、東京都千代田区丸の内二丁目一番地東京駅ステーシヨンホテル内において、古谷寿に対して男女性交場面等を露骨詳細に撮影した八ミリ映画フイルム一巻を七千円で売渡し、
第二、同年二月十五日頃、東京都文京区湯島三丁目六番地三喜建設株式会社内において渡辺靖雄に対し、同前様の八ミリ映画フイルム一巻を六千円で売渡し、
第三、同年三月二十九日頃東京都中央区日本橋本町四丁目二番地丸八ビル四階川口建設株式会社事務所内において、山本慶四郎に対し、前同様の八ミリ映画フイルム三巻を二万円で売渡し、
第四、同年四月八日頃、東京都文京区湯島三丁目六番地三喜建設株式会社内において、渡辺靖雄に対し、同前様の八ミリ映画フイルム一巻を六千円で売渡し、
第五、同年四月二十二日頃、東京都港区芝新橋三丁目六番地「その」喫茶店内において、岩田千枝子に対し、前同様の八ミリ映画フイルム二巻を七千円で売渡し、
第六、同年四月二十八日頃、東京都中央区日本橋本町三丁目六番地喫茶店「かめや」内において、山本慶四郎に対し、前同様の八ミリ映画フイルム二巻を一万円で売渡し、
第七、同年五月六日頃、東京都大田区馬込西一丁目一、六一〇番地関実方において、同人に対し前同様の八ミリ映画フイルム一巻を五千円で売渡し、
第八、同年五月八日頃、東京都港区赤坂田町四丁目十二番地第一オンキヨウ株式会社内において、中原忠彦に対し、前同様の八ミリ映画フイルム一巻を四千五百円で売渡し
もつてわいせつ図画を販売したものである。
罰 条
刑法 第百七十五条
追加訴因
第一、追加訴因
被告人は、
一、昭和三十八年二月二十七日頃東京都中央区銀座八丁目六番地喫茶店「ヴイクトリヤ」内において、浅野勝也に対し、男女性交等の場面を露骨詳細に撮影した八ミリ映画フイルム三巻を一万三千五百円で売渡し、
二、同年三月十六日頃、前同所において、前記浅野勝也に対し、前同様の八ミリ映画フイルム一巻を四千円で売渡し
三、同年三月十八日頃、東京都千代田区大手町一丁目六番地所在の丸善石油株式会社前路上において、金子安明に対し、前同様の八ミリ映画フイルム一巻を一万四千円で売渡し、
四、同年四月三十日頃、前記喫茶店「ヴイクトリヤ」内において前記浅野勝也に対し、前同様八ミリフイルム一巻を四千円で売渡し、
五 同年五月中旬頃、東京都港区琴平町二番地所在の地下鉄虎の門駅入口附近において、日吉正己に対し、前同様の八ミリ映画フイルム一巻を四千円で売渡し、
六、同年五月下旬頃、前記地下鉄虎の門駅入口附近において前記日吉正己に対し、前同様八ミリ映画フイルム一巻を四千円で売渡し
もつてわいせつ図画を販売したものである。
第二、追加訴因に対する罪名及び罰条わいせつ図画販売 刑法第百七十五条
別 表
番号
年月日
場所
売先
フイルム
巻数
販売価額
1
昭和38.2.10
東京都千代田区丸の内東京駅ステーシヨンホテル
古谷寿
一巻
七、〇〇〇円
2
〃2.15
文京区湯島三の六三喜建設KK
渡辺靖雄
一
六、〇〇〇
3
〃2.27
中央区銀座八の六喫茶店「ヴイクトリヤ」
浅野勝也
三
一三、五〇〇
4
〃3.16
同右
右同人
一
四、〇〇〇
5
〃3.18
千代田区大手町一の六丸善石油KK前路上
金子安明
三
一四、〇〇〇
6
〃3.29
中央区日本橋本町四の二丸八ビル川口建設KK
山本慶四郎
三
二〇、〇〇〇
7
〃4.8
文京区湯島三の六三喜建設KK
渡辺靖雄
一
六、〇〇〇
8
〃4.22
港区芝新橋三の六「その」喫茶店
岩田千枝子
二
七、〇〇〇
9
〃4.28
中央区日本橋本町三の六喫茶店「かめや」
山本慶四郎
二
一〇、〇〇〇
10
〃4.30
前記喫茶店「ヴイクトリヤ」
浅野勝也
一
四、〇〇〇
11
〃5.6
大田区馬込西一の一、六一〇関実方
同上人
一
五、〇〇〇
12
〃5.8
港区赤坂田町四の一二第一オンキヨウKK
中原忠彦
一
四、五〇〇
13
〃5中旬
港区琵平町二地下鉄虎の門駅入口附近
日吉正己
一
四、〇〇〇
14
〃5下旬
前同所
右同人
一
四、〇〇〇
合計
一〇九、〇〇〇